INTERVIEW:E.D.O.ECHO SOUND SYSTEM PART 1      1 | 2 | 3 | 4 interview TOP

E.D.O.ECHO SOUND SYSTEM
↑ZEROにあるレコードで一番好きというレコードを手に
MIKI:
NICOLETTE『NOW IS EARLY』/JINYA:DUB SYNDICATE『POUNDING SYSTEM』


E.D.O.ECHOのサウンドは力強く、瑞々しく、そしてダブの香りが漂う。
クールなトラックと魅惑的なヴォーカルで、
抑揚と甘美な感情へと彼らは橋を架けるのだ。

    ―― ROB SMITH (SMITH & MIGHTY / MORE REOCKERS / BLUE & RED)


E.D.O.ECHOのファースト・アルバム『OUTLINE』

■目次■

PART 1:
出会いからユニット結成へ

PART 2:
『OUTLINE』について


PART 3:
ライヴについて


PART 4:
DISCOGRAPHY

楽しさ、暖かさ、夢、時には刺激や悲しみも。音楽がその他の芸術に並んで、人の気持ちに働きかける力があることは、みんな実感していることだと思います。その力の送り手となる過程を、これほど身近なスタンスで素直に語ってくれる人達は珍しいのではないでしょうか。
以前からイベント『(0)117』でライヴを披露してくれていた、JINYAとMIKIのユニットE.D.O.ECHOのファースト・アルバム『OUTLINE』発売を記念して、インタビューをしました。
ブレイクビーツとダブ、そしてほのかなパンク・マインドをお持ちの方は、是非読んで、音を聴いてみてください。

■interview & text by MAKI (DISC SHOP ZERO)

「幸せな気持ちになった、って思ってもらえる終わり方にしたかった」


PART 1:出逢いからユニット結成へ

■まず、2人のなれそめから訊きたいと思います。

◆(JINYA)なれそめ?!
。(MIKI)E.D.O. ECHOができるまでってことだよね?
◆なれそめっていったら、相当昔から知ってて、もう10年ぐらい前かな。

■ええ?長いね!

◆(MIKIの)兄貴と友達だったから。兄貴DJやってて。俺らはバンドやってたんだけど、まあ、“DJとバンドで”っていうイベントをやってて。

■お兄さんと?

◆そうそう。お兄ちゃんがDJで、俺がバンドやってて。まあバンドっていっても、アヴァンギャルドな……ノイズ? ドラムとベースで、俺がずっとノイズ出してて。インプロ・バンド。それを、まだ大学生になろうとしてるぐらいのMIKIちゃんが見に来てて知り合ったの。

■おお、昔だ。

◆俺もその時に、クラブに行き始めるようになった頃で、それまでは、ノイズだったから……。

■それまでは、やってる事がノイズで?

◆そうだね。まあフリー・ジャズとか。近藤等則さんとか、あの辺の人達のライヴによく行ってた。あとは、大友良英さんとか。

■なんでそこに辿り着いたんですか。その前に聴いていたものとは、繋がりがあるんですか。

◆バァーっと遡れば、高校生ぐらいの時に音楽を凄い好きな友人がいて、彼が色々教えてくれて。俺が高校生ぐらいの時はやっぱり、NIRVANAとかさ、ああいう……。

■グランジとかオルタナ?

◆そうそう。俺はSONIC YOUTHが大好きで。あと、FRICTION!(今でも憧れの存在)。

■私NIRVANA大好きです。

◆あ、本当? いやー、NIRVANA聴いた時は「ああ、これでいいんだ」っていう……。ギターとかやってたんだけど、いくらやっても音楽にならなかったのね。で、どっちかって言うと、ギター1本を巧くこなすより、全体的なものに興味があったから。音楽として成り立たせるものが。

■技術も大事だけど、エネルギーというか、そういうものですか?

◆そう。そういうものが大事だったから。あんまり人の(曲の)カヴァーをやったり、そういう経験はなくて。音楽をやりはじめた時から、オリジナル音楽をやっていたっていう感じです。それで、やりたいことがあまりにも多すぎて、いわゆるノイズっていう音楽に足を踏み込むようになって。

■高校生で珍しいですよね。

◆珍しいと思う。田舎にいた頃はライヴ・ハウスとかに出ても、お客さんはみんな恐くて近寄ってこない感じ。俺はもうステージでひたすら発散している感じで、気付いたら、終わった後ギターの弦が全部ないとか……(笑)。「どこまで行けるのか?」っていうのを追求してたというか。だから、家でやることはその訓練みたいな感じで。要するに、それが「ショウとして成り立つかどうか?」より「この人はどこまで行っちゃうんだろう?」っていうのを見せたかったというか。

■うーん、そうですか。

◆だから、具体的に音楽的なことで言ったらノイズっていうか。雑踏を録り集めたテープをMTRにいっぱい入れて、それをライヴで流しながらギターを掻きむしる、みたいな事をしょっちゅうやってた。そういうのやってて、リズムとかじゃなくて、渾沌とした世界っていうか……そういうのに没頭していた時期があって、東京出てきたのが92年くらいで。

■けっこう早いんですね。

◆そうそう。高校卒業してすぐ。東京に出てきた時は、自分が「ミュージシャンとしてやっていこう」っていう意識は全くなくて。東京行けば、面白いことやってる人がいっぱいいるんじゃないかなと思って。

■田舎はそんなに住んでる人がいない感じの所ですか。

◆そう。ライヴ・ハウスとかあるんだけど、所謂ポップス音楽……当時だと(日本の)ボウイとかをコピー・バンドでやるっていう。その中に混じって俺らはノイズやってたっていう。まあ、それは極端な話で、いずれ群馬で面白いことやってる人達とも知り合ったりしたけれど。でも東京行けば波長が合う人がいるんじゃないかなーっていう希望を持って、東京に来て。で、音楽活動しながら楽器、ギターを作る学校に行ってて。ギター職人を目指してたっていうか。

■音楽に関わっていたかった?

◆そうそうそう。とりあえずとっかかりとして、何かないかなと思って。結局、そのぐらいの気持ちだから職人になるかっていうと、ならなくて。

■(ギターを)作るのと弾くのはまた別ですよね。

◆そう。人のために作るようになるわけじゃない、職人って。でもやっぱり、自分で作り始めたら、愛着が湧いてきちゃって、とても人に譲れるようなものじゃなくなってきちゃって。だから、自分がその時やってる音楽に対応できるような楽器ばっかり作ってて。結局、職人の道っていうのは諦めてしまって。そのぐらいの頃に、所謂クラブ・ミュージックに接するきっかけになった事っていうのが……LIQUID ROOMができたのね。それで俺、新宿に住んでたからLIQUID ROOMに定期的に行くようになって。オープン当時ぐらいの時に、近藤等則さんとAUDIO ACTIVEが一緒にライヴをやったイベントがあって。近藤さんは知ってたんだけど、AUDIO ACTIVEっていうのは全然知らなかったから、「なんだこの人達は!凄いヤバイ!」と。それで、ライヴを先に見て、そしたら実はON-U SOUNDの一員だったっていうのを知って、その後はもう追っかけで。

■へぇ。

◆それで、AUDIO ACTIVEっていうのはクラブ寄りの人達とイベントやることが多くて。今よりあんまり(音楽の)種類がなかっただけかもしれないんだけど、テクノの、KEN ISHIIとか(石野)卓球とかとイベントをやったりしていて、けっこうごちゃ混ぜな感じで。だから、LIQUID ROOMで色んな人を一度に知るきっかけがあって。そういう流れで、その延長線上で、ブリストルの人達も知るようになって。それも、LIQUID ROOMに偶然行ったら、MORE ROCKERSがやってたの。

■それ私も行ってました! JAH SHAKAと一緒の。

◆本当に!? あの日に俺の中で革命が起きたの。レコードをかけて踊らせるっていうよりは、ステージでライヴ的にターンテーブル使ってサイレン鳴らして、俺にとっては特種な雰囲気だったのね。レゲエなんて全然知らなかったし、ジャングルがレゲエの延長線上にあるものだとは全く知らずに、辿っていったらあったもので。

■たまたま。

◆たまたまね。

■その前はドラムンベースっていうのは聴いてたんですか。

◆その前は……ドラムンベースっていうか、ジャングルって呼ばれてるものを、レコードとかそういうレベルで聴いたりはしていたんだけど、ああいう感じにリアルにプレイしている人っていうのは始めてで。それから、それがドラムンベースって呼ばれるようになって、DRUM & BASS SESSIONSが始まって。そのぐらいの頃に、MIKIちゃんとよくそこで会うことが多くなって。

■mikiちゃんは最初は別で行ってたんですか?

。そうだよね。
◆兄貴がドラムンベースが凄い好きで。
。いつもね、お兄ちゃんと一緒だったの。仲良くて、お兄ちゃんがDJやってたから、影響が強くて。お兄ちゃんがかけてるレコードを、実家の時は一緒に聴いてたりするから、お兄ちゃんの影響が大きかった。

■じゃあ、2人ともお兄ちゃんに聞いて、LIQUID ROOMに行ったら同じパーティーだった、みたいな?

◆そうそう。MIKIちゃんの兄貴は情報収集が上手で、俺はLIQUID ROOMぐらいしか知らなかったけど、彼は多方面のそういう色んな場所に繰り出して行って、それにくっついて行ってたっていう時期もあったから。
。高校生の時はね、私ソウルのイベントばっかり行ってたの。

LOVE TAMBOURINES好きですよね。

。もう大好きで。橋本徹さん、山下洋さんとか、今もやってるけど、フリー・ソウル・アンダーグラウンドっていうイベントがあって、あと瀧見さん(CRUE-L)、小林径さんとか、あの人達のイベントによく行っていたの。高校生の時は毎週のように東京にクラブ通いしてた。

■それは大変だ。

。歳、誤魔化して。よく入れたなーと(笑)。今は厳しいけど、昔はそんな(入場時の)チェックなかったから。そういう感じで、毎週のように(東京に)来てたなー。お兄ちゃんは先に東京に来ていて、お兄ちゃんがイベントやったりすると必ず行ったりとかしてて。中学生の時から行ってたのかな?
◆中学生から行ってたの(笑)。
。(笑)でも高校生かな。クラブっていうのは、ずっと私の中にあって、そういうソウルのイベントばかり行ってたから、自然にLIQUID ROOMも行って、という感じだった。JINYAはソウルとか聴いてないし、よく知らなかったりするから、その辺(2人の違い)が面白い。
◆昔は(ソウルを)毛嫌いしてしまう感じだったから。DJがいて踊ってるっていうスタイルが理解できない時期があったから、「なんだ、レコードかけてるだけじゃん」みたいな。俺の中でそういう理解っていうのが、その後生まれていくキッカケになる人達っていうのがいて、AUDIO ACTIVEもそうだったけれども、DJ KRUSHもそうだったし。

■DJ KRUSHさんは近藤等則さんと共演したりしてますよね。

◆そうそう。あのぐらいの時期に、凄い大好きで。『記憶』っていうアルバムを出した時ぐらい。あのぐらいの時に、神戸で地震があって、近藤等則さんはそれに捧げるような音楽をずっとやっていて、その渦中でDJ KRUSHとコラボレートしたりっていう事があって。あの時は、(自分の中で)ロックだろうが何だろうがごちゃ混ぜで、楽しい時期で。
。その辺りの時に色んなの聴いてた。私もDJ KRUSHとか、DJ SHADOWとか好きだったし(今も好き!)、かたやU.F.O.とかMONDAY満ちるとか……アシッド・ジャズも聴いていたし、JAMIROQUAIとかも聴いてた。
◆俺にはそれがなかったんだよなー。

■クラブで聴くかは別としても、mikiちゃんは生演奏の……ソウルとか、JINYAくんよりは聴いてるんですね。

◆所謂ジャズ的なアプローチが入っているものだよね。
。うん、凄い好きだった。自分でもピアノをやっていたから、ジャズをやりたいって思った時期もあって。ちょっとやってもみたんだけど、ちょっとやっただけで出来るものではないし。ジャズはできなかったなー。難しく考えちゃうと……考えることではないんだけど、ジャズってやっぱり規則(きまり)が凄いあるじゃない。だから、自分にすんなり入ってこなかった。聴くのは大好きなんだけど、自分でやる方には行かなかったかな。
◆そういう感じで、出だしはお互い違うんだけれども、接点が生まれてきて。俺もドラムンベースが好きだったりとか、でも普段一緒にいる人達はロック寄りの人が多くて。下北のQUEとか、そこでバンドの手伝いをしている時期もあって。

■ライヴ・ハウスですよね?

◆そう。バンドで入ったというよりは、そこでたまにサンプラー持って行って、ロック・バンドの中にそういう音を入れてみるとか。そういう、参加するっていうレベルでやったりとか。かたや機材……シーケンサーで音楽作るようになったのも同じぐらいの時で。MAKIちゃんにも聴いてもらいたいくらい、いっぱいあるのよ、過去の作品が。全部、全然違うから。

■私は聴いてないんだけれど、E.D.O.ECHOの初期はもっとアンビエントっぽいものがあったと聞いたのですが。

◆そう。E.D.O.ECHO始めた時に、最初に作ったCD-Rがあって、それは結構ボサ・ノヴァみたいなアプローチのものがあったりとか、ごちゃ混ぜで。と言うか、(最初は)何やったらいいか解らなくて。

■それは実験的に、「今度はこうしてみよう」っていうアイデアが、どっちかから出てっていう?

◆。そうそう。

■始めたばっかりは、「私達こういくのよ」みたいなものはないですよね。

◆全然なくて。もうお互い(E.D.O.ECHOを)始める前は別でバンドをやっていて、俺はドラム、ベース、サックスとか、ジャズ的なものをやっていて、MIKIちゃんはかたやオペラやっていたから、ロック・バンドでオペラ歌うみたいな不思議なバンドもやっていて。
。良く言えば、PORTISHEADみたいな。私の中ではそういうイメージでやっていたんだけれど、自分で初めてやったバンドだったの。4才の時からピアノやっていて、高校生で歌も始めて、大学入って……ずっとクラシック音楽を勉強していたから。でもクラブ通いしてたんだけど、やってたのはクラシックだから、バンドはやったことがなかった。興味はあったけど、自分で思ってるものを(バンドで)出すっていうことや、自分で曲を書くのも具体的に興味あったけどやったことがなかったの。だから、そのバンドがキッカケになった。たまたま誘われてやったんだけれど、そういう意味ではやって良かったなと思う。自分でやってみて、「こういうのじゃなくてリズムはこうがいい」とか「こういう音じゃなくて」っていうのが、ちょっとづつだけど見えてきて、その時にバンドのメンバーと揉めたり、っていうのがあって。

■人が2人以上集まったら色々ありますよね。

。私以外はプロとしてやっていた事もある人だったの。経験もあるし、歳も上で人生経験も豊富だし、私が子供だったっていうのもあるだろうけど、どうしても噛み合わない所が出てきてしまって。自分のやりたいことをやりたいな、って強く思う時期があった。その時に、JINYAも丁度そういう時期だったんだよね。
◆俺がその頃やっていたバンドは、比較的俺に主導権があったというか、バンドのレコーディングをする時まとめる役は俺で、曲作りも俺がやるようなバンドだったので。今バイト生活なんだけど、その前は5年ぐらい就職してた時期があって、それも辞めて、バンド一本で頑張ろうって思った時期で。俺が意気込み過ぎて、周りが逆に引いてしまったというか。それは俺の中で凄く重要な分かれ目で。バンドっていうものに対して、2人以上の考えがあるっていう状況が、しんどくなってきたというか。自分がやりたいと思ったことを、直にやれなかったというか。だから、お互い別の場所で同じ悩みを持っていた同士が一緒に始めたっていうのが、E.D.O.ECHOで。
。きっかけはほんとにそう。その時たまたま2人が同じ状況だったから、始めたのが自然だった。

■知らない人がライヴを見たりしたら、JINYAくんがトラックを作っていて、MIKIちゃんはピアニカとヴォーカルでっていう大まかな役割は解ると思うんですが、こうしてアルバムが出て、その曲は2人で作っているんですか?

◆そう。比率的な事で言ったら、MIKIちゃんが言い出す場合が多くて。

■へえー。

。「こういう感じ」とか、「ベース・ラインはこうしたい」とか、「リズムはここでこう刻んで欲しい」とか結構細かいこと言ってます(笑)。

■それは意外です。

◆始めた時は、俺が一方的に作ったものに対して、歌を作ってもらったりとかしていて。俺はある時、「2人でやっているっていう感じがしないな」と単純に思ってきて。だからといって、MIKIちゃんに急に曲を作れって言っても……(MIKIちゃんは)クラブ的なアプローチも好きだったけれど、自分で曲を作るっていうのは大学で理論を学んでいるだけあって、「自分で曲を作るなんて滅相もない」みたいな考えがあったから。
。勉強していたからこそ、変に考え過ぎていたというか、自分でポロポロとピアノ弾いたりするのは好きで。それはもう曲と言えるのに、自分はそれを曲として認めていないというか。

■凄い曲を作らないと駄目、という思い?

。ん〜。そんな感じかなぁ。
◆そう思ってるだろうな、と思っていて(言えなかった)。だけど、楽しそうにポロポロ〜ってやっている感じが、絶対に曲の中で生きるはずだとある時思って。シーケンサーとかレコーダーを回しっぱなしで、俺はベース弾いて、セッション的な事をやってみようと。そうしてやるようになって、MIKIちゃんがいい感じになっている所を「もう一度やって!」とか言って、それをもう一度やり直して、曲として成り立つようにするのが俺の役目で。だから、綿密に作曲したのも、即興的にやったのも、曲作ったのはMIKIちゃんだと思う。

■メロディーを?

◆そう。そこからの発展型でだんだん譜面にも書いていくようになって。

■譜面書くんですか、スゴイ!

。普段、自分が色々な所で色々なことを感じるじゃない。その時に、メロディーが浮かんだりしたら、パァーって譜面にしておいて。

■いつもレコーダー持ち歩いているわけにいかないもんね。

◇そう。書いておいて、それを集めて後で見たりとか。
◆俺はもう毎回びっくりしちゃうんだけど。俺にはそういうことないから。だから、「E.D.O. ECHOのこの曲が譜面になってるよ〜」って。まさかそんな風に思わないじゃん、俺らの音楽聴いて。
。アハハ。

■でも昔は、ファンクなり、ソウルなり、打ち込みの世代が出る前っていうのは、皆そうだよね。

◆今はそれがあんまり必要とされていないっていうか……譜面書けない人でも音楽をやる時代だから、俺もだからそのひとりで。全く音楽的な理論はないに等しいから。だから全部感覚でやってきたっていう所がある。リズムのプログラミングにしても、全て感覚というか。それは今でも変わらない。

■それで生まれるものもあるしね。

◆そう、それだけでやっていると、煮詰まることもあるんだけど、そこでmikiちゃんの的確なベース・ラインだったりだとか、メロディーがあって「それに反応するリズムは、やっぱこうだよな」とか探りながら、やったり。そういう要素が今回のアルバムにも入ってるんじゃないかなーと。


>>> PART 2へ続きます


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